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社長ってどんな人?
 初めまして、株式会社ユーアンドアイ社長の 『佃 育也』 です。
 水槽の中の熱帯魚が水に揺らぐ水草の中を泳ぐ姿を見ると、多くの人が癒しと安らぎを感じます。それを通して嫌なことを忘れさせてくれたり、多くのストレスを解消してくれたりします。
 私が熱帯魚水槽のリースやそのメンテナンスを業務とする仕事を始めたのも、水槽を通して多くの人に癒しと安らぎを得てほしいと思ったからです。
 私が熱帯魚を飼育するようになったのも、生まれ育った環境にあったのかもしれません。
 興味のない方は読み飛ばして頂いて構わないのですが、お客様からもよく聞かれますので、今回書いてみました。

株式会社ユーアンドアイ 代表取締役社長
佃 育也
 ■ 私の生まれた故郷
 私は、山口県の萩市の沖合い50キロの日本海に浮かぶ孤島「見島」に生まれました。
 周囲16キロで人口が当時3,000人(現在1,500人)という本当に小さな島で、当時は萩から3時間半も定期船でかかりました。現在では、1時間強で行けるようになり、食べると美味しい天然記念物の「見島牛」で有名になりました。
 その島で12歳まで育ちましたので、小さい頃はもっぱら海で遊んでました。アワビやサザエを海に潜って捕ったり、魚を釣ったりよくしました。そういうきれいな海が当たり前だと思っていたのです。
 ■ 学生時代
 一人で下宿して山口市の中学校・高校に通い、広島大学の工学部へ入学しました。広島にきて、近くの海は汚くて魚を釣っても食べることが出来ないし、海に潜っても汚いことに驚きました。
 もともと人と話したりすることが苦手だったために、一人でコツコツと製図板に向かい設計したりする工学部の授業は好きでした。
 しかし、このままでは社会で適応できない人間になるのではと、空手部などのクラブ活動に参加し、熱中するようになりました。そして、ほとんど授業に出ないクラブ活動中心の生活となりました。
 しかし、仕送りしてくれる親のことを思うと、何とか卒業だけはしようと思い、留年を繰り返し7年掛かって卒業しました。
 ■ 大学を卒業して・・・
 25歳で大学を卒業して、専門の建設系の会社に就職せず、大阪の訪問販売の会社に入りました。というのも、人と話をするのが苦手だったために、飛び込み営業を通して、自分自身が生まれ変わりたいと思ったからでした。
 ■ 大阪で熱帯魚の飼育を始めて・・・
 26歳で小さな訪問販売の会社を興したものの、世間知らずだったために1年あまりで倒産しました。そして、次に健康関係の会社を興しました。
 日本経済のバブルの中で、多くの人に助けられ会社も順調に売り上げを伸ばし、社員も10数名を抱えるようになりました。

 その頃、近くの熱帯魚店のお年寄りの店主から奨められ、熱帯魚を45センチ水槽で飼うようになりました。もともと海で育ち生き物が好きだったので、すぐにはまりました。
 そして、1年もしないうちに、お店と事務所と自宅とで、大小合わせて50本ほどの水槽となってしまいした。
 水草水槽から大型魚・海水魚・無脊椎まで幅広く飼育していました。1ヶ月に1回の水換えも2晩くらい徹夜をして行っていました。それでも、店に来るお客さんが嬉しそうに水槽を眺めている姿を見ると、苦にはなりませんでした。
 
 そして7年が過ぎバブルがはじけた頃、九州で呉服の卸業を行っている妻の実家が大変になり、大阪での会社を一緒にやっていた部下に譲り、九州に帰って妻の実家を手伝うこととなりました。
 熱帯魚を持って帰る訳にはいかず、きれいな水槽や熱帯魚を知り合いに譲ったり、熱帯魚店に引き取ってもらったりしましたが、残った水槽や備品だけで2トントラックいっぱいになりました。
 ■ 九州に帰ってから・・・
 九州に帰ってからは、新しい呉服の仕事を覚えるために熱帯魚の飼育をするつもりはありませんでした。
 しかし3ヶ月を過ぎた頃、義母が動物好きで熱帯魚を飼ってみたいと言うので、また熱帯魚の飼育に火がつきました。
 休みの度に近くの熱帯魚店を回ったり、大阪出張の際によく通っていたお店に顔を出したりしました。
 ■ 広島で独立してから・・・
 私が長男だったので、実の両親が九州の妻の実家にいったことに対してブツブツ言うようになり、6ヶ月がたった頃、広島で営業所を構えるようになりました。
 しかし、ほとんど仕事がなかったために、独立して呉服の販売することとなりました。

 1年近く呉服の展示会を中四国の主要都市で行いましたが、人脈も知り合いも全くなかったために、赤字が2,000万円近く出て借金が増えるばかりでした。
 広島では、熱帯魚店が大阪などに比べて数も少なく規模も小さいところが多かっために、私はホームセンターなどの量販店をよく利用していました。
 ところが、量販店は熱帯魚の管理が明らかに悪く、水槽内に死骸が浮かんでいたりしてました。また、担当の店員さんも熱帯魚に関する知識の全くない人ばかりで、熱帯魚を売るだけでした。
 ■ 熱帯魚水槽のリースのきっかけ
 そんな時、レストランや病院などで空の使用していない水槽や、コケまみれで中が見えない水槽を見かけたりしました。
 聞いてみると、スタッフの方がお客さんや患者さんのために熱帯魚を飼おうとしていたそうです。その水槽一式は、ホームセンターで購入したそうですが、熱帯魚の飼育がうまくいかず、そのままにしていたそうです。
 また、熱帯魚の飼育がうまくいかない知人からも、水槽の水換えをしてほしいと言われ時々メンテナンスを行ったりしていました。
 水槽のメンテナンスをよく頼まれるようになり、大好きな熱帯魚水槽のメンテナンス付きのリースや、水槽の換水メンテナンスを仕事として出来ないかと考えるようになりました。
 ■ 熱帯魚水槽リースのFC
 呉服の販売がうまくいかない中、よく書店で新しい仕事はないかと本を読んでいると、熱帯魚水槽のリースのフランチャイズを行っている鞄堅aの広告を何回も目にしました。そして、すぐに資料を取り寄せ、応募しました。
 110万円を親から借りて払い、フランチャイズの資格とリース用水槽を数セット購入しました。また、東京で2日間の水槽リース業の研修に参加しました。

 そのとき参加した人8名中、熱帯魚の飼育経験がある人は私だけでした。さらに、その(株)東和という会社の中で、熱帯魚についての知識があるスタッフは、たった一人だけだったということが後でわかり、もっと驚きました。
 初日は水槽セッティングの方法と、熱帯魚水槽の管理の仕方を会議室で教わりました。その内容は熱帯魚を飼育している者にとっては当たり前のことでした。
 2日目には、換水メンテナンスをおこなうために、水槽リース先に担当者と一緒に訪問しました。その際、鞄堅aの担当者は、先方からの疑問にほとんど曖昧な返事をするだけでした。結局、その人は熱帯魚の飼育経験が全くなかったそうです。
 この(株)東和という会社は、1ヶ月に8回研修会を開いていたそうですが、実のないぼったくりの会社だったということがその後よくわかりました。
 営業の仕方も具体性がなく抽象的で、熱帯魚や備品関係も仕入れルートがないために途方に暮れました。
 当初はリース先も紹介出来るとか言っていましたが、それ以降は全くなしのつぶてだったのです。
 多額の借金を抱えて、なけなしのお金を親から借りて(株)東和に払ったのに、目の前が真っ暗になりました。
 ■ 熱帯魚水槽リース営業の苦労
 とにかく営業するしかないと思い、タウンページを片手に人が集まるところにDMを送ったり、飛び込み営業したりととにかく試行錯誤しながら水槽のリース先を探しました。
 スナックや美容室、病院、歯科医院など10件弱、やっとリース用水槽をおいて頂けるようになりました。ところが、2ヶ月もしない間にスナックがある日突然閉鎖していたり、リース料金を全く払わなかったりで愕然としました。
 とくに、スナックを閉じて夜逃げのように水槽までも持って行かれた時には、水槽のリースなんてもうやめようと思いました。
 しかし水槽をリースして頂いた病院で、院長先生が患者さんのために水槽を設置していた時の苦労話をお聞きしました。
 そして、きちんと管理をしてくれるリースのありがたさを話される先生や、水槽をじっと眺めておられるお年寄りの患者さんを見て、がんばってみようという力が湧いてきました。

 その後、医院や病院を専門に、水槽のメンテナンスをやりながら、リース営業していき、2年間で50件くらいのリース先を持つようになりました。
 ■ 初めての水槽管理の社員
 そして、一人では換水メンテナンスとリース先の営業を行うことが不可能になったために、職安より社員を募集しました。
 職安から紹介された子は、北海道出身で身寄りもなく、前職のペットショップの倒産で寮から出て友人の家に転がり込んでいるというのした。
 私は彼がかわいそうになり、敷金を出し、保証人になってアパートを借りてあげました。

 ところが、1ヶ月もしない頃から店から商品が無くなることがあり、その社員を雇って1ヶ月半した時に追突事故を起こしてしまい、警察から私が呼び出されました。
 その時に、無免許だったということが初めてわかりました。
 その時点で会社を辞めてもらいました。今度は彼のアパートの大家から、家賃不払いのため、保証人の私に未払いの家賃を払ってほしいという旨の電話がありました。
 ■ 自宅に泥棒が・・・
 またその間、連休で妻が実家に帰省した時に家に泥棒が入りました。
 その時、たまたま銀行に行けず家に置いていた店舗の売り上げ70万円と宝石、通帳などが盗まれました。

 そして、やっと彼にアパートから出て行ってもらい1ヶ月くらいした頃、警察が彼の写真を持ってやって来ました。
 彼が他人の家に泥棒に入り、奪った通帳で現金を引き下ろす姿を銀行のカメラが写しておりました。さらに、私の家に泥棒に入ったのも彼だと自白したそうでした。
 呉服の販売で作った借金の上に、雇った従業員により250万円以上の損害を被りました。いろいろなことが重なりショックでしたが、病院の待合室に置いてある水槽のメンテナンスを行うことが、唯一の慰めでした。
 ■ リース先の拡大
 とにかく現在水槽を置いてあるリース先を、一人でコツコツ換水メンテナンスに回りました。そして1年半が過ぎようとした頃から、リース先の水槽を喜んで見ている方から少しずつ、リース先の紹介が出るようになりました。
 そして、いつの間にか70件位にリース先が増えていました。

 従業員も何人か雇い入れましたが、交通事故にあったり仕事に対して不誠実でウソをよくついたりし、半年と保たない人が数人いました。
 それでも、水槽の中で熱帯魚と緑の水草と水が生み出す癒しと安らぎを、より多くの人に味わって頂きたいと、とにかく年中無休(休みは元旦のみでした)でがんばって参りました。
 そして、やっとすばらしい従業員にも恵まれ、水槽のリース先も120件を超えるようになりました。店舗販売も4年を超え、軌道に乗るようにまりました。
 ■ 熱帯魚店舗の閉店
 しかし、私自身もこの1年間位はメンテナンスに忙しくて、ほとんど店に立つことが出来ない状態でした。そんな管理の行き届かない中で熱帯魚を販売することに、とても苦しみました。
 さらに子供が小学校に入るようになって、店長をやっていた妻が学校の行事で店を空けることが多くなりはじめました。そのため、店舗販売はこの年の7月で閉店致しました。
 ■ 店舗閉店後・・・
 それでも、粗悪な管理と販売をしているホームセンターなどの量販店で、熱帯魚や水槽器具を購入して飼育を始められた方から、飼育の仕方についての電話が入ります。
 それが動機となり、水槽の管理を数多くやってきて、熱帯魚や水草、さらには海水魚等に関する一般に知られていない情報や間違っている情報を、小冊子にまとめていこうと思うようになったのです。
 ■ 今後について・・・
 そして今後は、水槽のリースとメンテナンス先の地域を拡大して、病気などで苦しんでいる方を少しでも多く癒やし慰めていきたいと思っています。
 さらに、仕事を始めて12年目になりますので、この期間得てきた様々な情報を全国の多くの方に知って頂いて、熱帯魚を通して癒やされ、安らぎを得て頂きたいと思っています。



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